『グラデーション』1話−③
○ 駅前
カフェ店の前でひとり人待ちをしている
落ち着かない様子のカオル。
そこへ、ラフな格好の男・守と太(各30
代)が現れる。
カオルは丁寧に挨拶すると、暫く3人で
談笑する。
○ (回想)東翔大学構内
キャンパス内を百合と未憂と歩くカオ
ル。
不意に後方から清が声を掛けてくる。
清「式部っち!」
カオル「ん? あ、有田先輩」
百合「弓道部の?」
カオル「うん」
未憂「じゃ、行ってるね」
カオル「うん」
立ち去る百合と未憂。
清「これから授業?」
カオル「はい。語学です」
清「何取ったの?」
カオル「私はフランス語です」
清「サルー(笑)」
カオル「あ、こんにちは、ですよね。この
間習いました。親しい友達同士で使うん
ですよね」
清「そうそう。さすが式部っち。優秀だね
ー」
カオル「(苦笑い)」
清「でね、式部っち、バイトどうしてんの
かなーって」
カオル「ああ、まだ見つかんなくて。部活
もあるからなかなかいいのが……先輩た
ちどうされてるんですか?」
清「だよねー。でね、いい話があるんだけ
ど……」
(回想終わり)
○ 駅前(戻って)
駅に向かって歩いている早希。
離れた前方から、早希と反対方向へと
歩いていくカオルに気づく早希。
カオルは守と太に挟まれている。
どこか他人行儀な距離感の3人に違和
感を感じる早希。
○ 同・路上駐車前
路駐のワンボックスカーに向かって、
ずんずん歩いている早希。
ドアの開けられたワンボックスカーの
前では、困惑し躊躇っているカオルを、
乗車させようとしている守と太。
カオル「あ、あの困ります。聞いていた話
と違うし」
太「だねだね。そういう事も含めて話し
よ。場所変えて」
カオル「だから、それが困るって」
太「どうしてかなー。稼げるんだよー。お
金欲しいんでしょー」
太がカオルの腕を掴もうとする。
カオル「やめてくだい!」
早希「カオル! ここに居たんだ!」
守「ん? 誰だ、お前」
早希「さ、行くよ」
カオルの手を握る早希。
太「だから誰だって聞いてんだろうが!」
早希「あの、道教えて欲しいんですけど」
太「はあ?」
早希「警察に行きたいんですけど!」
守・太「⁉︎」
次の瞬間、油断した太の股間をカオ
ルは思い切り蹴り上げた。
太「ウギャッ!」
早希「えっ?」
驚く早希の手を取って駆け出すカオル
○ カフェ店内
対面の早希に、ばつの悪い思いで顔
を上げられないでいるカオル。
早希「(大きくため息)悪かった、式部」
カオル「え、あ、いや。悪いのは何も考
えないで話に乗った私で」
早希「何言ってんの。大学入ったばっかの
1年生が、4年の言うことに簡単に逆ら
えるわけないじゃん。ましてや、部活の
先輩なら尚更信じるでしょ」
カオル「……」
早希「どうせ清の事だから、調子のいい事
言って、近づいて来たんでしょ」
カオル「有田先輩、いいバイトあるからっ
て」
早希「カットモデルの?」
カオル「はい。最初はこんな短くていいん
ですかって聞いたんですけど。逆に希少
価値だからいいんだって。もし気に入っ
てもらえたら、カットモデル以外の仕事
も紹介してもらえるからって」
早希「典型だね。恥ずいくらい分かりやす
過ぎる」
カオル「典型?」
早希「そ。あの後百パーエッチなAV撮られ
てるね」
カオル「……」
早希「駄目だよ、気をつけないと。その手
のやばい話は、今のあなた達が一番狙わ
れ易いんだから」
カオル「今の、私ですか……」
早希「地方から出てきて一人暮らしを始め
たばかりの、ド新人さん」
カオル「ド……」
早希「今、ものすごく楽しいでしょ。環境
が変わって、色んなことが新しくなって、
何でも1人でできる気になって。それこそ
新しく生まれ変わったみたいな……一ヶ
月前の高校生の式部とまだ何にも変わって
ないのにね」
カオル「(うっ)」
早希「そこが格好のターゲットになっちゃ
うのよね。まだなーんにも未経験のくせ
して、根拠のない自信だけは一人前の新
人さんは」
カオル「……反省してます」
早希「とはいえ、みんな通る道なんだけど。
悪いのはそんなあなたにつけ込んだうち
の部員なのよね。(ため息)副部長とし
て改めて謝る。申し訳なかった。清には
事情を聞いて、場合によっては辞めても
らうから」
カオル「え、そこまでは」
早希「元々幽霊部員みたいなものだったし
ね。色々と……ねっ、アルバイト探して
るんでしょ?」
カオル「はい」
早希「いいバイトあるんだけど、短時間で
稼げるやつ。時間の融通も効くし、良か
ったら式部にだけ特別に」
前のめりになるカオル。
カオル「本当ですか! ぜひ!」
早希「だ、か、ら、それが駄目なんだっ
て」
カオル「あっ」
早希「(笑)」
○ カオルの部屋(夜)
ユニットバスの湯船に浸かるカオル。
湯の中に完全に顔を沈めていたカオル
は、勢いよく顔を出す。
カオル「ぶっふぁー! やばかったー!
我妻先輩いなかったら今頃……知らない
男と……あああー!」
再びぶくぶくと沈んでいくカオル。
そしてもう一度浮かび上がってくる。
カオル「男と……できるのかな……私……
いやいやないない……よね。私……希少
価値なんだから……」
三度ぶくぶくと沈んでいくカオル。
○ 雨宮家玄関前(日替わり・夕方)
インターホンを鳴らすカオル。
家人の声「はい」
カオル「明新スクールから来ました、家庭
教師の式部です」
緊張の面持ちのカオル。
○ ゲーム会社・会議室内
新卒採用面接。
横一列に着席している面接官たち。
対面に着席しているメイクをきめた怜
央。
黒いジャケットにスカート、パンプスを
履いた怜央は笑顔で応えている。
1話ー④へ続く